2018/06/21 2018/06/21

不登校が理解できない夫と向き合い、夫婦で受け入れた2人息子の選ぶ道【不登校生の保護者インタビュー第5弾】

不登校の子を持つ保護者の方に、我が子との向き合い方を伺う「不登校生の保護者インタビュー第5弾」。今回は、二人の不登校の息子さんを持つ「ありしあ(@hahaarishia ‏)」さんに話を伺いました。

理由がわからないのが辛かった

――本日はよろしくお願いいたします。
  まずは、自己紹介お願いします。

ニックネーム「ありしあ」です。年齢は40代で、パートをしています。

今、夫と中学3年の長男、小学3年の次男と住んでいて、息子は2人とも不登校です。

――2人の息子さんの現状を教えてください。

長男は、学校行事と季節と体調によって出席状況が変わるのですが、週のうち3、4日は学校へ行っています。

欠席日数が年間30日を超えているので不登校に入る感じです。

長男は小学6年から不登校ですが、すでに山を越えていて、私から「卒業式行けるなら、行ってほしいなー」と言えるくらいの関係ではあります。

今年受験生なのですが、通信制の高校に進学を希望しています。

次男は今年から不登校になりました。

小学2年の時のクラスがすごく荒れていたり、先生と合わなかったり、いろんな要因があったようです。
ただ、長男のことがあったので、間違った対応はとらずに済んだという部分はありました。

現在は、付き添い登校で週2回、学校の個別指導教室へ行っています。

個別指導になった当初は学校へ行くと気持ち悪くなったりするので、挨拶したらすぐ帰っていましたが、最近はやっと1時間ほど過ごせるようになりました。

――長男君が不登校になった理由は何だったのでしょうか?

当時は、理由を話してくれなくて「とにかく行きたくない」と言っていました。

友達もいるし、いじめも受けてないし、勉強にもついていけているし、私が見ても小学校生活は順調だったので、学校に行けないってどういうこと?と戸惑いました。

私も夫も、始めは「行きなさい!理由もないのに行かないなんて許しません!」と怒りました。
先生にも話をして、皆で原因探しをしましたが、思い当たることが本当になかったのです。

最近になって、やっと理由を話してくれたのですが、6年生になると下の学年をまとめなきゃいけないことが多くて、それが嫌だったらしいのです。

また、卒業が近くなると卒業式はもちろんのこと、謝恩会や6年生を送る会などの行事も増えて、人前に出る機会が頻繁にあったのも苦痛だったみたいです。

長男から届いた「死にたい」というメール

――学校の先生に相談しましたか?

相談すると、何としても学校に連れてくるよう言われました。

「今まで何人も、そういう子を見てきた。お母さんが子どもを頑張って学校に連れてこなかったら、子どもは来なくなる。だから、お母さん、ここは頑張りどころですよ」と言われました。

私には、この言葉が刺さってしまって、何としてでも連れて行かなきゃいけない!と思いました。
当時は私次第だから、頑張ってどうにかしなければと追い詰められていました。

担任の先生も、不意打ちで家庭訪問したり、クラスの子からの手紙を持ってきたりしていました。
ただ、後になって長男は「クラスの子からの手紙が一番精神的にきつかった」と言っていました。

だから、次男の時に「クラスの子からの手紙を・・・」という話が出たときは、長男に話すと「絶対にやめさせて」と言いましたし、私も先生に丁重にお断りしました。

朝、私が学校に欠席の連絡をすると「はあ。そうですか、無理ですか」って先生にため息つかれていましたね。
一生懸命やってもらっているのに申し訳ないな、と思いましたし、行けない理由がわからないってことが一番つらかったです。

理由がわからないと、長男に矛先が向くしかないですから、私も「どうして行けないの!」って八つ当たりしていました。
お互いに辛かったです。

一か月ほど、これで本当にいいのかと悩みながらも私が自転車に長男を無理やり乗せて、保健室に連れて行くということが続きました。

そのうち、長男から「死にたい」っていうメールが届いたので、これは本当にヤバイと思って、もう学校には行かせないことにしました。

不登校になった小学3年の次男について

 ――次男君が学校に行けなくなったきっかけは何だったのでしょうか?

小学2年の時のクラスが、先生と言い争いする子や、授業中でも話す子がいて、収拾がつかない状態でした。
次男は、教室のざわざわした感じが苦手で、先生が他の子を叱るのもストレスに感じていたみたいです。

他にも、居残り学習とか、調子が悪い時に保健室で休んでいたら無理に教室に戻されるということが嫌だったそうです。

長男のことがあったので、無理に学校には行かせず、まず精神科医や自治体の療育センターへ相談に行きました。

精神科の先生に相談すると「本人が嫌がっていたら登校はやめさせなさい。学校に病院名と自分の名前も出してくれて構わない」とおっしゃってくれたので、病院名も告げて、「病院からの指示もあるので、次男が『行きたくない』というときは行かせません」と言って、学校に行かせませんでした。

長男の時に言われた「親が子どもを頑張って学校に連れて行かなかったら、子どもは学校にいけなくなるのですか?」とも聞いたら、病院の先生からは「そんなことあるわけないじゃないですか」と一蹴されました。

療育センターでは、担任ではなく管理職の先生に、来年の担任交代のことも含めて相談してくださいとアドバイスされました。

その後、夫と二人で学校へ行き、管理職の先生と話しました。

不登校を理解しない夫と向き合う

――お子さんの不登校について、ご主人の理解はどうでしたか?

実は長男が不登校になった時、夫婦間で受け入れ方が違い、対立していました。

私自身は、学生時代にいじめにあったこともありますし、変な先生にあたって槍玉にあげられたこともあるので、長男の気持ちも理解できなくもないかなと感じていました。

ただ、夫はいわゆるリア充で、昔から学校が楽しくて、友達も多くて、行事でも中心に立っていた人なので、人前に出たくないって気持ちもわからないし、学校行かないことが理解できなかったのです。

毎朝、長男は夫が家を出るまでは、しゃきっとしているのですが、出かけると途端に「行きたくない」って豹変するのです。

夫はそういう姿を見ていないので、余計にわからなかったのだと思います。

世間体も結構気にしていた時期があって「普通は」とか「当り前」が口癖でした。

長男の中学入学の説明会の時に、中学の校長先生へ不登校について先に話をしたのですが「先入観を植え付けるな!」と怒られました。

そんな中で私は、小学校へ欠席連絡をすると先生にため息をつかれ、夫も不登校を理解できない怒りをぶつけてくるし、長男から話を聞いた私の両親が「育て方が悪い、環境が悪い」と責めてくるし、『私のほうが死ぬ』みたいな感じでした。

仕事の昼休みに涙が勝手に出てくる状態が続きました。

幸い、フリースクールの関係者や、知り合いに不登校の子どもを持つ親御さんがいたので、その方たちと話をすることで、多少楽になりました。

「無理して学校行かせなくていいよ」とか「行けるときに行けばいいよ」という言葉がとても励みになりました。

そんな夫が考えを変えるきっかけになったのは、あるフリースクール関係者の男性に話をしてもらったことです。

同じ不登校の子どもを持つ父親として「私も初めは理解できませんでした」という入り口から、話をしてくださったのです。

もう一つは、理由のわからない不登校について書かれた「不登校は天才の卵」という阿部伸一さんの本を読んでもらったことでした。

私もこの本を読んで理由のわからない不登校について理解を深めたところがあり、夫には「この本を読まないと、子どもの話はしません」と宣言しました。

――ご主人の理解は必要だったのでしょうか?

学校の先生と話す時に、夫が隣に座っているだけで、態度や言うことが全然違う先生もいるのです。

不登校について学校側と話をする時は、私一人で行くこともありましたが、母親だけのときは、いいこと言いながらも実行されなかったり、脅しに近いことも言われたり理不尽さを感じたこともありました。

不愉快なのですけど、改善を待っていても、子どもは学校を卒業しちゃうので、そこは夫婦協力して学校にアプローチしたほうがいいと思います。

また、夫の理解があるだけで家の雰囲気が変わりますし、進路についても世間体にこだわらずに考えられます。

次男も去年から不登校ではありますが、今は夫と二人で「長男の不登校に悩んでいた時よりも全然いいよね」と話しています。

――中学校に入ってから、長男君に変化はありましたか?

中学校は休んだりもしていますが、小学校の時より安定して通っています。

学校へ行ける理由を聞いたら「自分でもわかんないけど、環境が変わったからかな」と言っていました。

中学1年の時の先生は、休んだ時に電話をくれていました。

明日の持ち物についての連絡や「調子はどう?」くらいの会話なのですけど、それがいい方向に転んだみたいです。
休んでいても先生とつながっているという安心感があったようです。

私は、明るい未来が描ければ何か変わるかもしれないと思い、長男を連れてある通信制の高校を見学に行きました。

そこが本当にフリーダムな高校で、服装自由だし、授業が始まるのも遅いし、爆弾・タバコ・酒・刃物以外だったら何でも持ち込みOKと言っていました。

夫でさえ「自分たちの時代にこんな高校があったら行ってみたかった」と言うほど魅力的な場所でした。

長男も、ここに来れば楽しい学校生活があると感じたのか、その後、登校できる日数も増えて、少しずつ変わってきました。

修学旅行や卒業式も行けそうだし、不登校という枠には入るけど、大丈夫かなと思っています。

日によっては、息子二人ともこの後どうなるのだろうという思いもあります。

今は仕事の形態も変化しているとはいえ、週5日会社に行くってことができるのだろうかって心配にもなりますが、その心配はひとまず先延ばしにしています。

不登校の子がその後成長して、仕事をしているモデルケースを見ると、親としては安心するところはありますから、そういう話をたくさん聞きたいですね。

――次男君はどうですか?

現在は、週に2回の個別教室へ行く以外は、家で過ごしています。

個別教室以外の日に放課後に担任の先生と会ってゲームや雑談するような感じです。

療育センターへも月1回通っていて、プレイセラピーをしてもらっています。

――家では息子さんたちはどのように過ごしているのでしょうか?

長男と2人で休んでいるときは、風呂掃除と次男のお昼御飯の準備はやってもらっています。

それ以外の時間は、それぞれ部屋でゲームしたりして過ごしています。

「Twitterがいいんじゃないかな」不登校の子を持つ親にメッセージ

――最後に、今も不登校の子どもについてお悩みの保護者の方へメッセ―ジをいただけますか?

一番は Twitter をお勧めします。

現実世界では、周りに不登校の子っていなくて、なんでウチだけ行けないのだろうと考えてしまうと、精神的にくるんですよ。

Twitterだと『不登校』で検索すれば、小学2,3年から不登校の子の親が山ほどいるし、過去に不登校だったけど学校を含めて、どこかに行けるようになった子もその親もいます。

私は、相談場所でのノウハウとか、スクールカウンセラーの使い方とかもTwitterで教えてもらったところがあります。

Twitterを見るだけでも、うちだけじゃないと思えますし、お互い励ましあったりできます。

解決しようっていうのではなく、まずは苦しさを吐き出すことが大事なので、一人で抱え込まずに誰かとつながるといいと思います。

また、「お母さんが遊ぶから」とか言われる可能性もあるので、周りにわざわざ言う必要はないですけど、お母さん自身の娯楽も大切にして欲しいです。

私は観劇が好きで、平日は仕事行って、休みの日は劇を見に行っていました。

長男は、後になって「家を空けてくれてよかった。自分は気にせずゲームやれてほっとした」と言っていました。

私も楽しんだ後は子どもたちにより優しく接することができました。

子どもと物理的に離れるって大事です。

仕事をやっている人は、仕事自体が嫌でなければ、仕事辞めない方がいいって伝えたいです。

不登校について悩んで、どうしようもない時は、仕事で切り替えて安らかな気持ちで家に帰るっていうこともできました。

一時、仕事が減って家にいることが多い時期もあったのですが、それでも子どもの調子は全然改善しなかったし、逆に仕事が多くてバタバタしていたときに子どもが学校によく行けたときもあったので、仕事量と不登校は連動していないと自信を持って言えます。

不登校になると塾とかお金もかかりますし、そういう意味でもやめない方がいいと思います。

――あたたかいメッセージをいただき、ありがとうございます。
  本日は貴重なお話しを聴かせていただき、ありがとございました。

[インタビュアー:西岡真知子/写真:吉中智哉]

◆ありしあ
2人の息子をもつ母。
長男は小学6年から、次男は小学3年生から不登校となる。
夫婦で協力しながら、不登校と向きあっている。

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